[和訳]
【1_369 ところで、あなた方は一体全体どなたですか、あるいはどこの岸からやって来たのですか、】
【1_370 はたまたどこへ向けて、進路を守るのですか。このように尋ねる女神に、彼の者は、】
【1_371 つくため息も深く、そうして話す言葉も胸の奥底から絞り出すように答えた。】
【1_372 「おー。女神よ、もしも万が一、最初の発端に戻ってそこからずーっとたどろうとしたら、】
【1_373 またあなたには、我らの何年も何年もの労苦を聴く時間の余裕があるとしても、】
【1_374 話が終わる前に、宵の明星が昼間をしまい込んで、あれも閉じてしまいますよ、オリュンポスの門がね。】
【1_375 我らは、トロイアから、今は無きそこを出て、ひょっとしてあなたも音に】
【1_376 そのトロイアの名を聞いたかどうか、あちらこちらの海原を漂泊していたのだが、】
【1_377 嵐が、その担う運勢によって我らをリビュアの岸へと着けてしまった。】
【1_378 私は敬虔なるアエネーアース。敵中から奪取した一族の守護神は】
【1_379 私と共にあり、それを仲間達の船を引き連れて運んでいる。敬虔の名声故に、私は天の神々の上に知られているのだ。】
【1_380 私は祖国となすべきイタリアを捜し求めている。至高のユッピテルの血統たる私の子々孫々をそこに勝ち得ようとしている。だが、神ははるかにおわす。】
【1_381 20艘の船で、私はプリュギアの海に乗り出した。】
【1_382 道を示してくれたのは母なる女神、従ったのは至高の神意であった。】
【1_383 そうして、たったの7艘だ。波と南東への風でぼろぼろで生き残っているのは。】
【1_384 私はと言えば、神々には見捨てられ無名の者となって、困窮し、リビュアの荒れ地をさ迷っている。】
【1_385 エウローパからも、アジアからも追い落されてしまった。」しかし、更に不平を言い掛ける者を、】
【1_386 ウェヌスは許さず、恨み言のただ中に次のように割り込んだ。】
[文意とそのニュアンスに関わる特徴的な韻律]
1_369~371:
主韻律において、ウェヌスとアエネーアースの記述が入れ替わる370の中央を境として両者の様が、まずは鏡面対称で同じメトルム同士がキアスムス構造となって対置(スライドで赤線で示す)し、その外側には鏡面対称ながら反対のメトルム同士が対置(スライドで青線で示す)される。
内面では「370 quōve tenētis iter」たる目的地イタリアは共有しつつも、外面では初対面を装い実の息子アエネーアースと相対して語り・尋ねる母神ウェヌスとの両者の内面・外面の状況を象徴している。369の行末のSと371の行頭のSが一致するのは、ウェヌスのトロイヤの岸を離れてからのアエネーアース等の労苦の年月を知るが故の内心の同情とアエネーアースの外に漏らす嘆息が呼応しているため。
また、「370 quōve tenētis iter」と尋ねるのは、初対面の自然を装いつつも、「ここは臨時の避難場所であり、最終目的地ではない」ことを意識的に口に出させて認識を深めるため。
従韻律では、母神ウェヌスの息子を援助せんとする立場が高度にA的な369と370に、一方、息子アエネーアースの踏み止まりつつも苦悩・疲労を抱える様子が371にA/P中立的な従韻律で表されている。
1_372~377:
371で絞り出すように声を出すと表現されたアエネーアースの様子に呼応して、語り出しの372から滅びたトロイヤに触れる375まで、主韻律がD的から最大限のS的へと連続して推移すると共に、従韻律は変動を抑えてややP的に一定水準を保ち、主韻律に注意を集めている。
語り出しは、反射的に「そんなことを言われても一言では言えないのだ」と半ば抗議の気持ちも込めて畳みかけるものの、重苦しい雰囲気に落ち込んでいく様が表現されている。
トロイヤの名声に触れる376で主韻律はD/S中立的位置へ戻し、従韻律はA的高みへ誇らしげに持ち上げている。
また、forteで始まる377の主韻律は全編冒頭行1_1と一致するDDSSDSであって、作品主題の機微(ユッピテルの神意とユーノーの神意との狭間で諸laborを経巡りつつ前進するアエネーアース)を共有していると思われる。即ち、fātum(ユッピテルの神意)を担いイタリアを目指すアエネーアースがfors(ユーノーの神意)を担う嵐によってリビュアへと吹き流されたのである。
1_378~386:
隣接詩行が同一の従韻律を持ちつつ主韻律が左右に分かれる形式が2か所見られる(青の両矢印)。従韻律の同一性から聴き手の注意は主韻律に集中し、その対照的主韻律が担う文意の対照性とその意味合いに気付かせる。即ち、表面上は淡々とした事実の説明のようにも聞こえるが、まさに「378 Sum pius Aenēās」たる至高神への忠誠心の動揺が歌われているということである。これは、384-386で顕在化する不満・嘆きの伏線となっている。
・378[DSSSDS] ⇔379[DSSDDD]:378[raptōs quī ex hoste Penātēs(敗北と落人の今)⇔379[fāmā super aethera nōtus(本来ならばの自負)]
・382[DSDDDD] ⇔383[SSSSDD]:382[mātre deā monstrante viam, data fāta secūtus(母は女神だ。道を教えてくれた。至高の神意を受け止め担ってきた。)]⇔383[vix septem convolsae undīs Eurōque supersunt([それなのに]東の暴風で引き裂かれた僅か7艘が残るのみ)]
さらに、382と383の従韻律は[APAPAA]というAとPの交互の繰返しであり、揺れつつ高ぶる感情と呼応する。
また、この天界との強い繋がりがもたらすPius Aenēāsの自負と現状への不満・嘆きとの間で揺れる心情が、「380対381」のように、各脚のD/S選択が真逆となって対比が際立つ例(スライドで赤の両矢印)が、他にも「379対384」、「380対385」で見られる。
なお、前段377[DDSSDS|APPAAA]と381[SDSSDD|APPAAA]は、同一の従韻律の基盤の上で主韻律はキアスムス構造を成しており、文意上の377[forsによってリビュアの海岸に吹き寄せられてしまった:海→陸]と381[プリュギアから海へと乗り出した:陸→海]という逆向きの経緯と呼応している。
[1_380 Ītaliam quaerō patriam et genus ab Iove summō.」の解釈と韻律]
第1巻380行をどのように朗読するのか、アエネーアースのこの発言の意味と感情を読み解き、朗読に反映させたい。この箇所は、敬虔なるアエネーアースが自己を見知らぬ女神(実は母神)に説明する詩行群の中で唯一、己の運命の推移を最終決定している至高神、ユッピテルの名を出す場面であって、作品を味わうにおいて重要な行だと直感する。
結論的には下記のような文意と、それにニュアンスを与える従韻律解釈(優性母音の選択)にたどり着いた。この場合のニュアンスとは、建前を表現する言葉の裏にある「わだかまり」である。
【1_380 私は(将来の)祖国となすべきイタリアを捜し求めている。至高のユッピテルの血筋(孫)である私が始祖となり、我らの民族を、我らの祖国を、そこに勝ち得ようとしているのだ。】
1_380 Ītali|am quae|rō patri|(am) et genus| ab Iove| summō.||DSDDDS|PPPPPA
※第5脚の従韻律Pは破格(第5脚と第6脚をAとするのが決め事)
アエネーアースが、負ったpietāsの打撃ゆえに心は過去に向かい、始祖の栄光や一族の血統の栄光を撫でさすっているのか、あるいは、胸の奥から何とか声を絞り出せているように、気力を振り絞ってpietāsを保持しているのか。構文的には、どちらも可能である。
過去に向かいそこに止まる心情の場合は、文の前半でpatriaをpater Dardanusの誕生の地と理解して、始祖として敬愛するべきDardanusへの回顧の情を表現する。ここでは動詞はquaeroであり敬愛するべきpatriaを得ようと欲する。文の後半では、ab Ioveを「Iuppiter→Dardanus→...→Aenēās他多数」と理解して自分を含めたこれまでの一族が最高の血統であることを自負する。ここでは動詞は省略されたestでありgenusは主格である(3_178と同じ構文)。
「子孫のために将来を切り開らこうとする主体性」が残っている心情の場合には、前半のpatriaを自分と子孫のための新しい祖国・故国と理解する。また、後半のab Ioveを「Iuppiter→Venus→Aenēās一人」と理解し、自分がトロイア再出発の新たな始祖となり、自らの子孫=氏族・民族をquaerōする。この場合は、patriaとgenusの動詞はquaero一つであり、「獲得しようとする」という意味に解釈する。genusは対格である。3_86で「(da) genus」と祈願したのと同じ構文である。「da genus: 子孫(氏族・民族)を与えてください」、が成り立つならば「quaero genus: 子孫(氏族・民族)を得ようとしている」も成立する。
しかし重要な点として、常にアエネーアースの発言は、domusやsedes(実質patriaと同じ)を求めることと、その目的がセットになっていた。実際、 カルターゴーに避難した直後の状況でさえ仲間に「トロイア再興」という目的を演説したし、それを聞いたアカーテースもまさに同道している。更には、見知らぬ女神とは言えこの漂着した場所の種々の情報、アエネーアースが求めていたそれを親切にも提供してくれたその相手、即ち特に警戒や秘匿の必要性を感じさせない相手にも、イタリアへ行く目的を言わずに、一族の過去の栄光・血筋の良さだけを伝えたと解釈することには、アエネーアースの全体像において違和感がある。
そこで、韻律面の効果を検討するならば、1_380の韻律座標上での抜け出し方が尋常でないことは、図3の1_1から1_401までの全行の散布図に明瞭に現れており、そのような位置取りは作品中の重要な意味合いを担うに相応しい。
つまり表立つ言葉は前向きで主体的であるが、心にはどろどろしたものがわだかまっている様が、従韻律をPPPPPAとすることによって表現されたと考える。PPPPPAは、第5脚及び第6脚は常にAとする決め事を破って初めて実現するのであり、詩人の強い思いがこめられていると考える。
1_380では、PPPPPAの従韻律は、アエネーアースの属性の根幹をなすユッピテルへのpietāsの危機を担うのだと考える。この根幹無くしてアエネーイスは成立しない。1_371~386で浮き彫りになったアエネーアースの内面の致命的状況を母神ウェヌスは察知し懸念を深めたのであり、そうして、アエネーイス前半のハイライトでもあるディードーの悲劇に直結する、ディードーへのアモルによる攻撃に至るのだと考える。
以上
Ещё видео!